裏ブログ:京大卒フィレンツェ公認ガイド 加藤まり子

公式ブログと異なり、マリコの赤裸々な話を載せています。

タロット戦車のカード:肉体は魂の乗り物

マルセイユタロットとルネサンス美術の関係

マルセイユタロットカードとルネサンス美術の関係についての講座を開催している。

マルセイユタロットは哲学者マルシリオ・フィチーノと画家ボッティチェリの共同作業じゃないかという説がある。

そう考えるとルネサンス美術と共通しているのはうなずける。

 

ルネサンス美術もマルセイユタロットも新プラトン主義に基づいている

ルネサンス美術は新プラトン主義哲学に基づいていると言われている。

15世紀 フィレンツェではプラトン著作権東ローマ帝国からもたらされ当時のイタリアに衝撃を与えた。プラトン・アカデミーが設立されこの異国の哲学が研究された。その塾長がマルシリオ・フィチーノだった。

もしフィチーノマルセイユ・タロットをデザインしたのであれば、明らかに新プラトン主義の意匠が入っている。

 

それを裏付けるような研究がこちらだ。

youtu.be

 

肉体は魂の乗り物

プラトン主義では肉体は魂の乗り物である、と考える。

それを表したのが15世紀半ばのこちらの彫刻「若き新プラトン主義者の胸像」

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胸のメダイを拡大すると戦車と御者が描かれている。

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プラトンパイドロス」に登場する「馬車の比喩」

これはプラトンパイドロス」に書かれている「馬車の比喩」に由来する。 

御者(理性)で2匹の馬(気概と欲望)を制御する、という考えだ。

 

そしてマルセイユタロットでそれを表したのが「戦車」のカードと言われている。

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ヨガでの馬車の比喩

似た考え方がヨガにもある。

ヨガでは馬車を以下のように考える。

1) 馬車:肉体
2) 乗客:魂、ブラフマン(真我)
3) 御者:理性、アートマン(小我)
4) 手綱:意思、思考
5) 馬  :感覚

 

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ここでは御者と乗客も分かれているのが興味深い。

タクシーに例えるとわかりやすい。運転手は乗客が行きたい場所まで運転する。乗客がどこに行きたいか明確に伝えないと行き先が曖昧になってしまう。

 

肉体は借り物

昨日のヨガのレッスンで興味深い話があった。

「調子悪いな」と思う日に無理にしんどいポーズを取ろうとすると、肉体と意識に乖離が生まれる。肉体は「大事にされていない」と感じて大事にしてもらうように不調を起こす、というお話だった。

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無理をするのは簡単であり、惰性。逆に休むことの方が決断が必要。

先生のこのメッセージが印象的だった。

 

本来私たちの体はこの世の借り物だ。

意識だけでは物事を実現できない。肉体があってこそ実現できる。そのために肉体をもらってこの世に生まれてきた。

たまたまこの肉体を預かっているだけに過ぎない。

 

「自分さえ我慢すれば…」と思って無理をしてしまいがち。

だけど、もし自分の肉体が「預かり物」だとしたら、無理をするのは職権濫用だな、と気がついた。

 

最近、他人に雑に扱われることを自分が許してしまっているんじゃないか、と思うことがあった。それを相手に伝えることは大きな勇気がいることだった。でも他人が自分の体を雑に扱うことを許すのは自分が自分の体を雑に扱っているのと変わりない。自分の体が体が預かり物だとすると、預かり物を他者から守ることも預かった者の責任な気がする。

 

自分の体を大事にする。簡単なことなようで難しい。難しい時には「もしこの肉体が他人から預かっている物だったらどう扱うか」と考えてその答えを参考にしてみるといいかもしれない。

 

 

 

 

シャヴァーサナ:力を抜くことの難しさと生まれ変わること

週2回ヨガを続けて約3ヶ月。

毎回ヨガの練習をすると何かの気づきがある。

 

今日はその世界では有名な先生のzoomレッスンに参加。

普段と違う先生ということとzoomということで少し勝手が違う。

 

一番戸惑ったのが最後に行うシャヴァーサナ。別名「死体のポーズ」。

普段より長い。いつまで経っても「起き上がって」の合図がない。

もう終わったんだろうか…zoomなので終わったのか電波が途絶えたのかわからない。

結局、普段より少し長めのシャヴァーサナだったことがわかった。

 

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Prayer

 

実はこのシャヴァーサナが一番難しい。

今日も結局「死体」になりきれず、途中でzoomの接続確認しに起きたりなんかしてしまう。

一番ラクなはずのポーズなのに、本当は一番難しいポーズ。

このポーズを極めるには力を抜き切ることだ。

力を抜くこと、マットに体を預け切ることがどれほど難しいか。

 

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Surrender


ちなみに「死体のポーズ」にはちゃんと意味がある。

ヨガはリラックスするものと思われがちだが、ヨガにもいろいろ種類があって、運動量の多いヨガもある。

動く瞑想とも言われ、とりあえず動いている時は必死。余計なことは考えられない。

それが終わって最後に「死体」になるのだ。

そしてそこからまた起き上がって復活する。

 

実はこれって人生と一緒。

いっぱい動いてそれが終わって死を迎える。

そして十分に死にきったところでもう一度生まれ変わるのだ。

思う存分生きないと死に切れない。いわゆる往生できないってやつだ。

そして生まれ変わるには一度死なないといけない。

新しく生まれ変わるには一度死を迎える。そしてその間は自分が何もしないで預け切る。

肉体の死だけでなく「今」の自分が死んで「新しい」自分に生まれ変わる…そんな意味も含まれている。

 

シャヴァーサナは深ければ深いほど起きた時の復活度が高い。

身を委ね切れた人ほど生まれ変わりはきっと大きいのだと思う。

 

The light in me sees the light in you - Namaste

 

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Golden Light

 

伏見稲荷大社に行ってきた:七五三の想い出

4月、関西にまん延防止等重点措置が適用される直前に京都に帰省した。

滞在3日目最終日、枚方に住む父に会いに行く前に伏見稲荷大社に参拝した。何年ぶりだろう…

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最近はインスタ映えすると赤い鳥居が人気で国内外からたくさんの観光客が訪れるらしい(コロナ前)。この日も結構な人出だった。

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言わずと知れた商売繁盛のお稲荷さまの総本山。初詣客数トップ3首都圏を占める中、毎年必ず堂々5位に入る人気ぶり。

 

そんな人気の伏見稲荷大社だが、もともとは地元の人たちに「お稲荷さん」と言って親しまれる存在。父の実家が伏見にある私にとってもそれは同じ。

 

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7歳の七五三はここ、お稲荷さんでお祝いしてもらった。両親に加え、父方の祖父母も来てくれたと思う。母のお下がりの紫の着物を着たのを覚えている。中学受験前には願いが叶う輪っかに石を投げて通ったっけ。


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お稲荷さんは本来、本殿から稲荷山を登る修行の山。途中の展望台までで終わる人が多いが、奥の院まで回って帰ってくると大体2時間前後。父とよく登った。父方の祖母ともお参りによく来た。父方の実家を思いださせてくれる想い出深い神社である。

 

京都に住んでいる時から足が遠のいてしまっていたが、今回父に会う前にふとお参りしようと思った。参道には伝統のスズメやモズの焼き鳥を売る店も。小さい頃食べられなくて泣いたのを思い出しながら歩いた。


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例年ならきっともっと人出が多いのだろう。社務所で見つけたお守りを父に買ってお稲荷さんを後にした。

 

疎遠になってしまった父と父方の実家。お稲荷さんにお参りして少しだけ思い出せた気がする。

 

旅っていうのは帰るところがあって初めて旅になる

 

旅が好きって言う人多いと思う。

お休みが取れたら旅行に行く、とか臨時収入があったら旅行に行く、など。

きっと人はそこに非日常やロマンを求めるのだと思う。

だけど、旅がロマンチックなのは帰るところがあるから。

帰るところを持たずただ旅し続けるのは放浪だ。

帰るところなく彷徨い歩き続けるのはもはやロマンではなく虚しさしかない。

日々変わりゆく景色、特定の場所を持たず、その時々の人間関係だけ。

何物にもとらわれない自由さはあるけど、それは常に孤独と隣り合わせだと思う。

帰るところがあるからこそ旅は旅たりえる。

 

これはヴェロッキオ「ラファエロとトビアス

ロンドンナショナルギャラリー至宝の1つだけど、もともとフィレンツェで制作された。

中世〜ルネサンスフィレンツェは商人の街。子供の頃に外国の支店に修行にだされることも多かった。昔の旅は今と違って危ない。子供の無事を祈って天使が守ってくれるように、この画題が人気だった。

大天使ラファエルは特定の人ではなく色んな人に姿形を変えてきっと守ってくれている。

出会う人それぞれに大天使を見出せられれば彷徨うだけの旅も少しは虚しく無くなるのかもしれない。

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ドラゴンを飼うお姫様 パオロ・ウッチェッロ「聖ゲオルギウスとドラゴン」に因んで

大事なことだから書いておく。

 

私の中には男が一人の女を愛し続けるということが全く信じられない自分がいる。

だから恋は多くても長続きしなかった。

うまく行き始めると、遠恋になったり急に連絡が途絶えたり、なにかありえないことが起きて会えなくなることが続いていた。

またいつかいなくなるんじゃないか?

いつまで私のこと好きでいてくれるんだろう。

いつもそんな不安に苛まされていて、それが現実になるという嬉しくない結果になった。

 

しかし今日気がついた。

実は愛が続かないのは自分の方じゃないか?

私が一人の人を愛し続けることができるという保証を持てない。

あるいはある日突然いなくなってしまうかもしれない。

だから、私は一人の男を愛し続けることができない。

それが怖いから、自分自身が永遠の愛を誓える自信がないのが怖かったんじゃないかと。

男に見ていた不安はそっくりそのまま自分に対しての不安だったのだ。

 

私は何かに固執することができない。

ある日またふと海外とか行っていなくなってしまうかもしれない。

だったらその人を愛し続けられない。

それが不安だったから、自分から無意識にうまくいかないように持っていってたのかもしれない。

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ウッチェッロの聖ゲオルギウス。

竜に捕らえられたお姫様を助けるのだけど、この姫を見ると実は竜を繋いでるのはお姫様。

実は人は誰でも自分で自分のことを縛ってるのかもしれない。

 

いま私自身に言ってあげたいのは、愛に縛られる必要はない、ということ。

変わらぬ愛なんてない。ずっと続いているカップルだって愛の形は変容している。

大事なのはその時に好きかどうか。

人は自分の心ですら自分の思う通りにするこたはできない。

どうなるかわからない将来を不安がるより、今の自分の心に従うこと。

将来どうなったとしても、自分は自分の最大の味方だから、絶対に自分が自分を困らせることはない、と信じておく。

 

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寝てる間にテセウスに置いていかれたアリアドネはその後バッカスに見染められ、天の女王になる。

人間、あした何が起きるかわからない。いいことも、そうでないことも。だから今日をくよくよしても仕方ない。

 

・パオロ・ウッチェッロ「聖ゲオルギウスとドラゴン」1470年 ロンドンナショナルギャラリー蔵

ティツィアーノバッカスアリアドネ」1520年 ロンドンナショナルギャラリー蔵

 

ビジネス成功のコツ1 客の立場に立ってみる

サービス大国と言われる日本だが、ときおり非人間的に感じる時がある。マニュアルは一つの指針であってそれが全てではない。サービスとはいえ、そこには人と人のコミュニケーションがあるべきである。

ただ言われたことをこなしているだけだったら、なんでこのお仕事をしてるのか、もう一度考えて欲しい。

そこに実はビジネスチャンスがあるかもしれない。

 

1. 客の立場に立ってみる

客の言うことを100%聞かなくていいが、客の立場に立って考えてみるのが大事。

ただいわれた通りにやるのではなく、なんでやるのか、どうされたら自分が嬉しいのか、そういうことを少し考えるだけで、商品(サービス)は変わり、リピーターが生まれる。

 

2. そのサービス、自分に対してもしますか?

客はマニュアル通りのサービスが欲しい訳ではない。

マニュアルなんて極端言えばいらない。

誠心誠意で対応すればいい。平身低頭ではない。

マニュアル通りにするサービス、それって自分に対しても同じことするか?

自分がして欲しいことは何か?

それを考えられる人が、人より頭一つ抜きん出るのである。

ライバルがなぜ勝てるのか?

文句をつける前に、自分の行動を見てほしい。

売り上げ数字のためにやるサービスには人は寄り付かない。

 

3. なんのために仕事してるの?

お金のためだけに人は仕事するのではない。

もちろんそれは重要な要素だ。

でも、あなたの仕事はなぜ存在するのか?

あなたはなぜ仕事するのか?

ただ言われたことだけをやります、と言う人には発展がない。

発展かない限り、昇給もない。

自分をどんな時にもより磨くこと。

それを心がけていると自ずと給料は上がっていく。

給料が安いと思ったらもう一度考えて欲しい。あなたは何のためにに働くのか?あなたの仕事は何のために存在するのか?

顧客の成長のため、自分の成長のため、仕事は存在するのではないか?

 

4. 新プラトン主義の哲学

 新プラトン主義では人は洗練されていない粗雑な存在として生まれる。

しかし、人生の中でいろいろなことを学び成長していく中で人間としてより洗練されていく。

そして最終的には天に近づいていく、と考えた。

 

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フィレンツェのドゥオモの北側にルネサンス最大のパトロンであったメディチ家の宮殿がある。

メディチ家は新プラトンアカデミーを設立したことでも知られる。彼ら無しにはルネサンスが育つことはなかった。

 

この宮殿はその哲学を表している。 

建物の一番下の段は石が大きくゴツゴツしている。まだ洗練される前の人間。

真ん中はだいぶスムーズな石の置き方。いろんなことを学んだら人間として成長して洗練される。それを石の磨き方で表したのだ。

一番上は物理的にも天に近い世界。研鑽して、より神に近づくのが新プラトン主義の目指すところ。

 

会社に、上司に、仕事に、客に、文句を言いたくなる日もある。

しかし、ただ「愚痴」を言うだけだったら考えて欲しい。

あなたは何のために働いているのか?

より自分を、相手を、会社を、そして社会を良くしていく…その考えを持って仕事に取り組めば今まで見えなかったことが見えてくるかもしれない。

 

なんとなくサンタ・トリニタ教会を紹介@フィレンツェ